退院前の心づもり

通院が困難な状態で退院する患者さんは入院中にどのような心の準備が必要なのだろうか。

答は単純であるが、家に帰って自宅で過ごしたいかどうか自分の意志をしっかり決めておく、それだけで十分である。もちろん他の病院やホスピスに転院するとか施設に入所するとかそれ以外の選択肢もあるだろう。その中で自分が自宅に帰りたいと思っているのかどうか自分の中で確認しておく必要がある。家族についても同様で、家に連れて帰ってあげたいかどうか家族が考えておく、これで十分だ。しかし、複数の家族が関わっている場合、意見がバラバラなことがある。これは困る。後々トラブルの原因にもなる。家族全体で意見をまとめておくことが重要だ。つまり、本人も家族も自分たちの希望を考えておく、それが果たして実現可能かどうかは専門家との話し合いに委ねられるというわけだ。

退院して自宅療養しようという方向に本人、家族の意見がまとまったら、病院スタッフにその旨を伝えて退院前カンファレンスを開いてもらおう。自宅療養するためにはどのような問題点があるか、それを解決する支援策はどのような方法があるのか、ここから先は専門家を交えての相談となる。病院スタッフと地域のスタッフが一堂に会して医療情報や生活情報を共有し支援策について話し合うのが退院前カンファレンスである。ここで一気に退院に向かって前進していくこととなる。

しかし、カンファレンスの場で何でもかんでも決めてしまわなければいけないと考えるのは誤りである。たとえば、治療の方法がなくなったがんをもつ患者さんについて考えてみよう。退院後、病状が急に悪くなったら病院に行きますか、それとも自宅で往診を受けますか、病院には二度と行かず最期までご自宅で過ごされますか、この場で決めておきましょうと問いかける医師やケアマネジャーもいると聞くが、僕に言わせるとそれはナンセンスである。重い病気をもった人が家に帰ろうと決心するだけでも一大事であるし、どのような医療や介護を受けられるか、どのような生活になるかイメージもつかない中、退院前に決心せよと言われても無理な相談である。患者さんや家族の気持ちは移ろいやすいもの、それを支えていくのが僕たちの仕事である。「これだったら安心して自宅で療養できる。」「病院よりも自宅の方がいい。」という気持ちは在宅療養をしていく中で育まれてくるもの、最初から決めろと言われて決められるものではない。

だから、患者さん、家族はもう二度と病院には行かないなどと悲壮な心づもりをする必要はない。専門家としっかり準備しておくのは大事だが、その後はやってみないとわからない、それぐらいの気楽な気持ちでお家に帰ってこられたらよいと思う。